推しはラスボス魔王様。そんな私は勇者と一緒に魔王様を倒すヒロイン聖女!
雨月
とあるRPGゲームがあった。その名は『flash fantasy』。通称ff。
よくある剣と魔法の世界で勇者となり、魔王を倒すという現代では超が付く程の王道ストーリー。なのだが一時期話題となり結構な売り上げを記録した。
何故売れたのかと言うとゲームシステムが簡単でありながら奥深く、バトルそのものが面白かったからに他ならない。ストーリー? ストーリー自体は特別良くもないが、王道故に悪いといった事もない。まぁ、普通である。
私、水瀬セイカはそのゲームが大好きで極めたといっていい程プレイしていた。理由はバトルシステムが好きな訳でもストーリーが好きな訳でもなく、キャラが好きだったからだ。
そのゲーム、ffはキャラのビジュアルも評価されおり、またゲーム自体もキャラのビジュアルをウリにしていた。私はそのゲームの中のあるキャラが大好きで、その最推しの為ならどんなグッズでもアルバイトの金をつぎ込み、かき集めたものだ。
うん。少しだけ現実逃避していても私の目の前の出来事が変わる訳じゃない。勿論、夢を見ている訳でもない。
「…………」
今……私の目の前には見慣れた勇者の顔がある。
「大丈夫か?」
いつまでも夢の中だと目を反らす事も出来ずに体を起こして周囲を確認する。見た事もないのに見た覚えがある部屋。
「えーと?」
ちょうど近くに姿見があり、驚いた表情の人と目が合う。愛らしくアイドルでもやれば瞬く間にトップでも取れそうな容姿。輝く緩いウェーブが掛かった金髪。全てが高レベルの美少女だが、顔自体は見慣れたものだ。
でも自分の物でない事もはっきりしている。私は元々超地味なのだから……。
そう、彼女こそゲームffの主人公勇者の相棒、聖女だ。
「…ンンンンンン!?」
こうして私は訳も分からないままゲーム内の聖女となっていた……。
……
……………
「聖女アマリスよ……。突然倒れたと聞いたが……問題ないか?」
私……聖女アマリスになってしまった女子高生の水瀬セイカ。
『なぜこんな事に、と?』頭の中で疑問が飛び交い、当てのない原因を考えながら謁見の間というのだろうか? そこで跪いていた。
「え、と。はい。大丈夫です……」
ゲーム内のOPで見慣れたテンプレ王様が心配してくれるのだが、礼儀正しい反応など返せるはずもない。
ここで柔軟に対応できる奴が居るのなら是非この状況を変わって欲しい。
隣には主人公の勇者ウェルが居て、王様と出発前の世界の情勢を話し合っている。聞きなれているのでもちろん聞く必要はないが……。
既に周回プレイで内容は把握している。
特に私が聞いていなくても問題ないらしく、ストーリーは進んで行く。
私は俯きながらダラダラと冷や汗を流しいた。
(ま、ま、マズイ……)
ゲームの世界に来た事? これはゲームやラノベが好きな人なら誰しも一度は考える事だろう。実際私はワクワクしている。……これではない。
勇者ではなくヒロインの方な事? これ正直どうでもいい。いや男にされなかっただけでもよかった。ホッとしている。
今私が滝の様に汗を流している理由……。
それは……。
それは…………。
それは――私の推しが敵ボスの魔王様な事なのだ!!!!
思わず頭を抱える。
完全に敵対関係である。
まぁ、特等席で魔王様の勇姿を拝めるかもしれないと思うとテンションが上がるが……大いなる問題はまだある。
魔王様は大して強くない!!!
これである。
そう、大して強くないのである。
ラスボスなのに? と思われるかも知れないが、このゲームはエンディング後が真のゲームスタートと呼ばれる程、エンドコンテンツが充実している。というかバトルシステムにハマって買った人は絶対エンディング後の方が楽しい。サブストーリーも充実しているし、武器も強いのが出る。ダンジョンも頭を捻る必要が出てきて純粋に戦いを楽しめるのだ。
私は魔王様が好きなのでストーリーが終わればプレイを止めるが……。一度だけエンディング後を極めたが魔王様が出ないのでがっかりした覚えがある。
「さて、先ずは仲間を募るか……」
勇者が腕を組んで考え込んでいる。
どうやら考え事をしている間にストーリーが進行していたらしい。
今私は冒険者組合に居た。
ここでは他のパーティメンバーを入れ替えたりできる。このゲームのパーティは最大4人で構成されていて、固定のメンバーは勇者と聖女だけだ。あとは冒険の中で仲間にしたり雇ったりするシステムになっている。
一先ずここで奴にだけは会わないように……。
「あ、あのですね――」
「そこの君……忍者か? 是非パーティの目、耳として一緒に来てくれないか?」
勇者に声を掛けられた分かり易い忍者――普通に忍者が冒険者組合にいたらダメだと思う――は嬉しそうに頷いた。
「っ!!!」
思わず壁を叩く。
くそ勇者ー!!!
普段自分が操作しているせいで何とも思わなかったけど、自分の意思を持つとあんなに勝手な奴なのか?
ってか全然しゃべんない系主人公じゃなかったのか!?
ゲームキャラになるってこんな感じなのか……。
私は頭を抱えた。
「いや、彼は止めた方が……」
明らかに肩を落とし、がっかりした態度を取る忍者。蹴飛ばしてやろうか!
「何を言うんだ! かわいそうに……。彼には光る物があると俺は見た! 気にしないでくれ。彼女は人見知りでね」
気さくに忍者の肩を叩いて組合に併設された酒場に消えていく勇者。
その姿を歯ぎしりしながら見送るしかない。
どうやら勇者にしかパーティの編成権限がないらしく、私が何を言っても無駄だった。
何故ここまで忍者を嫌がるのか……。不思議かも知れない。
実は明確な理由があって、推しの魔王様に関係している。このゲーム名前の『flash』の名のとおり速さのステータスが重要で、速さがあればあるほど、何度も攻撃できてしまう。先ほどラスボスなのに対して強くないと言ったがこの速さに関係があり、魔王様は超魔法使い系ステータスで速さのステータスが最低なのである。にも拘わらず一人で出て来て自慢の魔法が炸裂する前に此方にボコボコにされてしまうのだ。更に忍者は魔法を阻害する技を使い、また速さにも優れている。これで更に魔王様は何も出来ない状況になる。
せめて一人でも盾になってくれる配下でも連れていればよかったのだが……。
そんなこんなで折角の高威力の魔法の強さを活かせないまま退場してしまう。
ただ……聞いて欲しい。
容姿は凄い。
すっごい美人なのだ。それはもうすっごく!
パッケージにもデカデカと出ている。その所為で雰囲気だけラスボスwなどと界隈で言われてしまっているが……。ゆるせん!
漆黒の黒髪は腰まで長く、つやつやと輝いていて、羊の様な巻角がある。余り露出は少ないが垣間見える肌は真っ白で憧れたものだ。顔は見る者全てを魅了する美しさ、まさに魔性の女と言える。少し釣り目がちな瞳は強い意志を思わせる。出るところ出て引っ込む所引っ込むボディ。その黄金悩殺ボディは数多の男達を薄い本作成の意欲を掻き立てたのだ。ゆるせん!
私も買ってしまった! ゆるして! 魔王様!
「はぁ……」
魔王様を思い出して、トリップしてしまった。
このままストーリーが進めば私が魔王様を殺してしまう事になる。
かと言って勇者への同行を拒否すればどんな風に物語が変化するのか分からない。変にゲームの物語から外れた行動をして、知らない間に魔王様が殺されてましたというのは嫌だ。
そもそも選ばれし聖女が魔王討伐を拒否したとなれば私自身もどうなるのかわからないので怖い。
なので……私が出した結論は勇者パーティとして行動して魔王様が死なない様に立ち回る事。
幸い聖女は回復が得意だ。……のちのち回復だけでなく攻撃魔法も使えるのだけれど……。
こうして私はffを、何故か推しの魔王様を倒すべく旅を始める事になるのだった。
多分ゲーム内異世界……。に来てから数か月。流石に私もこの世界に慣れた。
剣は……どうでもいい。実際に使ってる人は見た事がないが、元々の世界でも在った物だ。でも魔法は感動した。色々な魔法があって生活を支えている。因みに剣士も自己強化の魔法を使っているので魔法がメインかサブかと言った違いで基本的に誰もが魔法使いと言っていいかもしれない。
そして……意外や意外。私は戦う事が出来た。元々が運動音痴の女子高生とは思えないぐらい普通に戦えた。
これは聖女の体のおかげだろうか?
とにかく助かった。
魔物も……まぁ怖いがなんとなかった。
そういえば魔物は魔王様の配下とか言う訳でない。これはエンディング後に判明するのだが、どうにも基本的に人間や魔族――人間は魔物と思っている――に襲いかかる魔法生物的な自然発生したものらしい。
人間側は長らく魔王が魔物の王様だと勘違いしていて、魔王様を倒せば魔物が出てこなくなるのだと思っている……という設定だ。
私は魔族と魔物がどう分けられているのかよくわかってないが……。
「アマリス! そっちに行ったぞ!」
「! ファイヤ」
こっちに襲い掛かろうとしていた狸? 犬? どちらとも取れそうな、けれど醜悪な見た目の魔物が牙を向けて走ってくる。普段の私なら普通に頭からガブリでそのままお陀仏だろうが、流石聖女の体。
反射的に魔法を放っていた。
聖女と言えば普通に回復特化と思われそうだが、このゲームでは攻撃役も兼ねているので普通に強い。まぁ、普通に攻撃特化の仲間がいるけれど……。その仲間は少々加入条件が難しい。
自立して動く攻略法も見れないプレイヤーではない勇者では見つけれそうにない。
勇者といえば……ゲーム中はプレイヤーが動かし意思などなかったが今は好き勝手やっている。
人懐っこいと言えばいいが、悪く言えば自分勝手なガキなのだ。
「見事だ!」
バンバンと肩を叩かれる。
痛ったいんですけど……。
正直魔王様と比べると魅力は無いに等しい。
旅は順調だ。うん。魔王様が苦手なデバフが得意な妖術師が仲間になったりしたが。因みに妖術師は勇者が勧誘した。妖術師は割と仲間にするが難しいのだが……。
なんなの? 奴は対魔王様のメタパーティが作りたいのかな?
こっそり暗殺してやろうか……。
何とかして魔王様に有利にならないかと思いながらも何も出来ないまま旅は進行していき……。
遂に……。
遂に魔王城の前に私達は立っていた。
魔王城を見上げる。
いつもはうるさい勇者も流石に圧倒されているようだ。勇者なら禍々しい気などというモノを感じたのかもしれいが、私は普通に城の荘厳さに見惚れていた。
魔王城は咄嗟にイメージするであろう、おどろどろしい雰囲気は微塵もなく、どちらかと言うとおとぎ話に出て来るような綺麗で優美な見た目だった。
白亜の城は背後に山を背負い、実際以上に大きく見える。
「よし! いくぞ!」
「…………」
他の連中が緊張した面持ちで頷く。私も同じように頷くが、私の緊張は別物だ。
旅の中で考えた作戦。
上手くいくだろうか……。
魔王城内は豪華絢爛という言葉がぴったりだ。隅々まで手入れが行き届き、こんなに広いのにチリ一つないように思える。そして誰も……居ない。城門もあっさり開いたし……。ゲームではそんなものかと気にした事はなかったが何故あっさり入れるのか。
ゲーム内では普通に雑魚がエンカウントしたものだけれど……。
私達は不自然に静まり返った城内を警戒しながら進む。
勇者はどうやら魔王がいる場所が分るらしく、迷う事なく城内を進み……遂に謁見の間へと辿り付いた。
「…………」
魔王オリカリウム
玉座に腰かけた魔王様は漆黒の衣装から大体にカットされたスリットから出た足を組み、静かに瞳を閉じている
思わず私は彼女を凝視してしまう。ゲームでは散々見た魔王様。しかし実際に目にしてみるとその美しさに呆けてしまった。その美しさは圧巻であり、感動で泣きそう……。
静かに瞳を開いた魔王様はその薄紫色の瞳をすっと細める。
「城内の者達を避難させておいて正解だったな……」
音もなく立ち上がり、はっきり感じ取れる怒りを滲ませる。あぁ、この場面を何度見た事か。このシーンがカッコよすぎてゲームを何回もプレイした。
(あぁ、もう! 最高すぎるわ!)
勇者達が剣を抜く。
「邪悪な魔王め! お前の所為で魔物達の被害が減らないんだ!」
勇者の言葉に眉根を寄せる魔王様。そのゴミを見るような視線が背筋をゾクゾクしたものが駆け上がってくる。
「言ってる意味が全く分からないが……。貴公らが魔族、魔物の区別なく攻撃しているのは知っている」
ゆっくりと左手が持ち上がった。
(戦いが……始まる!)
「攻撃されるなら反撃するまで。貴公らの死を持って意味も分からず殺された我が国民の弔いとしよう」
言葉が終わるのとほぼ同時に黒い魔法が飛んでくる。闇属性の魔法だ。このゲームは属性もよくある、どこにでもある五種類。火、水、土、雷、風。そして番外に二種類で聖、闇。全部で七種類だ。基本的な光弾を発射する各属性攻撃魔法の闇属性版なのだが魔王様の高い魔法ステータスで打ち出される魔法弾は脅威以外の何物でもない。
慌てて私は横に転がり避け、立ち上げりると後ろに下がる。
前衛の勇者と忍者は私よりも華麗に体勢を立て直すと剣で切りかかっていた。少し離れたところで妖術師も立ち上がり魔法の準備をしている。
魔王様は直ぐに次の魔法を使おうと動き出しているが、こちらは四人だし、速度のステータスが高くない魔王様は魔法を使う隙が無い。
「くっ!」
忌々しそうに顔を歪めると斬り掛かってきた勇者の攻撃から大きく飛び退いた。しかし更に忍者が踏み込み、回避を選択せざる得ない。
「ぐぁ!?」
更に妖術師のステータス低下魔法まで飛んで来て、遂に攻撃を受けてしまう。右手に魔法が当たり、黒い衣装が破れた。効果自体は薄い筈……何故なら魔王様は魔法特化であるが故に魔法耐性も高い。
けれどゲームで散々見た光景通りで、魔王様は高い魔法力を活かせないまま波状攻撃で徐々に追い込まれていく。
私も時折、魔法で攻撃に参加する。と言ってもわざと外しているけれど……。私が戦闘に参加せずとも関係なく、このままでは魔王様は殺されてしまうだろう。
「そんな事……私が許さない」
戦闘中で私の呟きは誰にも聞こえていない。
ゲーム内ではシステムがある。敵に援護魔法を掛ける事は出来ない。けれど今はシステムに縛られてはいないのだ。
「大回復」
魔法は意識するだけでいい。難しい魔法はそれだけ高い集中力が必要になってくるのだが、この聖女の体なら問題なく使える。
そしてゲームみたいに魔法名を声に出していう必要もない。
私は最上位回復魔法を……魔王様に使う。
「!?」
突然自身の傷が癒えて少しだけ驚いた表情を見せる魔王様。しかしそれも一瞬の事で、勇者の斬撃を魔法で迎撃する。
そう。私の考えた作戦とは勇者達と一緒に戦うフリをしながら、魔王様を援護するというものだった。
四対一が二対二になれば魔王様を死なせずに済むかもしれないと考えたのだ。私が聖女という立ち位置なのもよかった。前衛の勇者なんかだったら中身が一般人の私では上手く加減など出来ない。
後衛の聖女なら適当な魔法を撃ちながら、こっそり援護の魔法を使える。
「高速詠唱化」
魔王様に魔法が発動する時間が短くなる補助魔法を使う。と同時に私の方に先ほどよりも高威力の黒い魔法弾が飛んでくるので、再び不格好に転がって回避する。
「聖女! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫です!」
後ろで支援している私や妖術師を鬱陶しく思ったのか、発動が早くなった魔法でこちらにも攻撃が来るようになった。
(……魔王様に攻撃された! ……うれしい!)
援護しているのに攻撃されて悲しいとかいう感情は出てこない。あるのはただ推しの攻撃がこっちに来たという喜びだけ。
改めて魔王様が大好きなのだと実感する。
本当は受け止めたいのだが……流石に死んでしまうかも知れない……。それはいいけど、もっと魔王様をこの目で見ていたという想いもある。
(でも待ってよ……?)
フッと閃いた。
その閃きはこの戦闘を終わらせる事が出来る……と思う。だけど結構な覚悟がいる。
「詠唱超高速化、魔法強化! 身体能力強化!!」
再び魔王様に援護魔法を掛ける。
「ッ!?」
今度ははっきりと、ゲームでは見た事ない様な驚いた表情見せてくれた。それから困惑した様に周囲を見渡す。
(あぁ……ゲームで見た事ない表情を見れただけで大満足!)
しかし再び勇者の剣が迫った事により、表情を引き締める魔王様。
勇者の剣撃を先ほどよりも素早い動きで避けると大きく後ろに飛ぶ。再び玉座の前戻ると左手をかざした。
「消えろ!」
平坦で少し低い声に怒りを乗せて魔法が完成する。
闇属性魔法の高位魔法、暗黒ジャベリン。実際に武器が出てくる訳ではなく、その実態は黒い極太のビームである。
「! みんな避けろ!」
勇者が叫び、パーティ全員が対退避する中、私はその場に留まる。
「聖女!?」
勇者が何事かを叫ぶ声を聞きながら……私は黒いビームに呑まれた…………。
「お――、だ――」
激しく揺さぶられる感覚に目を開ける。
全身が気怠く、また痛い。
「おい! 大丈夫か!?」
意識がはっきりしてくると同時に激しい痛みが体から伝わり、思わず目を開け飛び起きた。
「いたたたた!?」
「おぉ! 目を覚ましたか!」
勇者が満足そうに頷いていたが、それどころではない。
痛ったい! マジで痛い!
経験した事のない痛みが全身を襲い、慌てて体を丸めた。
「うん。お前は魔王の攻撃をもろに受けてしまった……。あのままでは危険だったので撤退した」
人が痛みに悶絶しているというのに勇者は淡々と私が意識を失う前の事を話してくれた。
後でもよくない?
せめて怪我が治ってからでもいいと思う。
そんな私の思いは伝わらず、その後も話を続ける勇者。
どうやら魔王様の魔法の直撃を受け、ボロ雑巾みたになった私を見て流石に戦闘よりも撤退を選んだらしく、人間の住む村まで撤退。そこで治療されたらしい。しかし回復の専門家である私が倒れているので即座に傷を癒す事の出来る人がおらず、こうしてベットに寝かされているという事だった。
激痛に耐えながらもホッと胸を撫で降ろす。
なんとか魔王様が討ち取られる事は避けたか……。
対価に私がボロ雑巾になったが……。魔王様が死ぬ事に比べたら大した事じゃない。
だが……勇者の事だからあきらめないだろうな、と思った。
他にも手を考える必要がある。だけど……今は考えが纏まらない。痛みが考えの邪魔をする。
「そういばこんな怪我した事なかったなぁ……」
自分自身に回復魔法を、と思ったが痛くて魔法を使うどころじゃなかった。
私は殆ど気絶するように意識を失うのだった。
とても……。とてもいい匂いがする。
甘ったるい……ミルクみたいな……。
体の痛みに心の準備をするが、その痛みが来ない。
不思議に思っていると額に冷たい物が乗る感覚。
恐る恐る瞳を開く。
「っ!?」
そこに居たのは……薄っすらと光る月光を背負った魔王様だった。
一気に意識が覚醒して飛び起きようとしたが、魔王様の手によって押し戻される。どうやら額の気持ちいい冷たさは魔王様の手らしい。
「……戦う気はない。お前も……そうなのだろう?」
ベットサイドに腰かけた魔王様は何の感情も読めない顔でただ私を見下ろす。
「まずは……礼を言おう。高威力の魔法で薙ぎ払えば全て終わると思っていたが……あのように連携されるとあぁも戦い辛いのか……」
そういえば魔王様自身は後に発売された資料集によると戦闘経験が殆どない設定だったか。まぁラスボスとして余りに弱いのでそうゆう設定になったとも言われているが。
そんな風に私が思っていると魔王様は感慨深そうにため息を吐いた。けれど直ぐに私に視線を戻す。その視線は明確に疑いの色がある。
「お前のお陰で勇者に討たれずに済んだ……。魔法で傷は治しておいた。しかし……目的はなんだ? 勇者と共にあるべき聖女がなぜ私を助ける?」
返答によっては私は殺されてしまうだろうか? 私の考えを裏付ける様に魔王様からは殺気ともいえる気配が僅かに感じられる。でも助けた私に気を使ってか、出来る限り感情を抑えているような感じもする。
魔王様と見つめあったまま、私は考える。
考えて……本当の事を言う事にした。正直、納得できそうな返答を用意できないのだ。なら本当の事を言おうと思った。
「貴女の事を推しているからです」
私の言葉にキョトンした表情見せる魔王様。
どちらかと言えば大人びた、美少女と言うより妖艶な美女という言葉が似合う魔王様のレアな表情を見れた事に内心歓喜する。
(くぁぃすぎるぅ!!)
「おし? お前に押された覚えはない筈……? 意味が分からん」
流石に意味が伝わらない。当然である。
「えっと……つまりファンと言うか……」
「ふぁん? ふぁんとは?」
首を傾げる魔王様に私も首を捻る。
ううむ……。
何て言えばいいんだろう?
「あ、えっと……慕っているって事かな?」
「! ほぉ……」
私の言葉に驚くと共に邪悪な笑みを浮かべる魔王様。
「つまり……」
そっと伸びてきた細い指が私の前髪を払う。
「聖女であるお前が魔王の私を好きと?」
「!」
いやいや、確かに好きだけれど! それはそれで恐れ多いと言うか!
「くくく……なるほどな。それならお前の行動も納得出来るというもの」
心底愉快だとでも言う様に口元を抑えて優雅に笑う魔王様に見惚れてしまう私。だってゲーム内では見れない表情ばかりだから……。
私が魔王様に見惚れていると突然、首元に伸びて来た手が私の首を絞める。
「んぐ!?」
「そんな事……信じるとでも? よしんば本当の事だとして……お前が我が同族を殺した事には変わりない」
その瞳には怒りとも悲しみとも読める感情が渦巻いていた。
首を絞められる苦しみ中、彼女の憤りを感じる。しかし直ぐに首元から手が離れた。
「……すまん」
手をダラリと力なく下げる。申し訳なさそうに俯く魔王様。
「お前は……仲間を裏切ってまで私を助けてくれた。あの戦いの時、お前が助けてくれなければ私は死んでいただろう……。それにお前が直接魔族を殺した訳ではない」
魔王様も動揺もよくわかる。突然、推しているからなどど言われてもはい、そうですかと信じられる訳がない。
やっぱり私はこのゲームでは魔王様推しなのだと改めて思う。だから自然と言葉が出ていた。
「あの! これ以上! 魔族の方を傷付けない為にも私と協力しませんか?」
魔王様は不思議そうに顔を上げた。
「協力だと?」
少しだけ考える素振りを見せた魔王様だが顔を横に振る。
「それはお前に仲間を裏切らせる行為だろう? これ以上はお前が危険だ」
私は魔王様の手を取る。予想以上に細くてびっくりしたが、直ぐに魔王様の瞳を真っすぐに見つめる。うぅ、顔が良すぎて顔を背けたくなるけど我慢。
「勇者が魔王様にコテンパンに負ければ、人間も恐れをなして魔族に手を出さなくなるかもしれない……。昨日の様に私がこっそり支援します!」
私の言葉に魔王様は瞳を大きく開いて、固まる。暫く逡巡するように視線をさ迷わせたあと、遠慮がちに私の手を握った。
「いいのか……? 人間を裏切る行為だぞ? その背信行為が知れたら……お前に危害が及ぶ……かも知れない」
心配そうに上目づかいになる魔王様を心の中のカメラに保存しながらも力強く頷く。
「貴女の為に! 役に立ちたいんです! それにどちらにも被害が少なくなるいい方法だと思います!」
私の熱弁に手の繋がりが強くなった気がした。
「いいのか?」
「はい!」
もう一度安心させるように頷く。そして魔王様も戸惑い気味だが小さく頷く。
「……さっきはすまなかった。それと……これからよろしく頼む」
すまなさそうに頭を下げる魔王様。
こうして私は推しと秘密の関係になったのだった。
「次こそは魔王に勝つ!」
勇者は朝一番、剣を抜き放ち大声で宣言していた。
因みに私が全快していた事について特に来てしていた様子はない。それ以外のパーティ連中も同じで、細かい事はどうでもいいようだ。
(私的には都合がいいけど……。こいつら脳筋だな……)
少しだけため息を吐きながら、再び魔王城に向けて出発する。
前回で分かった事だが、魔王様は弱い訳ではない。その強力な魔法が決まれば勇者達では太刀打ちできない。
なのでやる事は変わらない。隙を見て魔王様にバフを掛ける。そしていい所で勇者に撤退を進めればいい。
再び魔王城に立つ私達。
今度は城門が開いており、通りやすくなっている。
「あの!」
「ん? どうしたんだい?」
勇者が振り返った。ここである程度言い含めて置かなければ……。
「前回戦った時……魔王……から強大な力を感じました。敵わなければ撤退も視野に入れて置いた方がいいかも知れません」
しかし勇者はいい顔をしない。
「魔王から逃げるなどと!」
私は近くに居た妖術師に目線を向ける。
「貴方も魔法を使うなら魔王の力を感じましたよね? 全滅するより勇者としての使命を第一にした方がいいですよね!?」
食い気味に力説する。魔法がメインの妖術師なら魔王様の力自体は感じ取れただろう。
「ね!!」
私の迫力が勝ったのか、やや戸惑い気味に頷く妖術師。
「そうゆう事なんで、負けそうになったら撤退!」
まだ何か言おうとしている勇者を声で遮る。
「修行して新たな力を得るのも勇者の醍醐味! 負ければ強くなればいいんです!」
私の適当な勇者論理に目を輝かせて頷く勇者。
「な、なるほどな! 確かに!」
色々と問題がある様論理に思えるが、彼の中で問題がない事になっているならこちらとしても都合がいい。
「では行きましょう!」
「おう!」
結果で言えば……、前回よりも明確に敗北する事になる勇者パーティ。その理由は私がある程度コツを掴んだからであり、魔王様の戦い方が洗練されてきたからである。
そして魔王様の目配せ。……魔王様からの目配せは破壊力がヤバかった。まさか推しにああして認識してもらえるとは……光栄の極みのである。
こうして勇者パーティはすごすごと撤退する事となった。
再び同じ宿屋に泊まり、休息を取る勇者パーティ。
勇者は色々作戦を話していたが、私は早めに離脱する。
(どうすれば勇者は負けを認めるか……どうにか諦めてくれるとありがたいんだけど……)
私の頭ではあまりいい案が浮かばない。
気が付けば宿屋を離れ、村の外れまで歩いて来ていた。
元の世界と違い、村から離れればそこは人間の領域でなくなる。木々が生い茂り薄暗い中を当てもなく歩く。
なんとなくだが……彼女に会える気がしたのだ。
「……来たか」
木々を抜けた先、ささやかな広場……月の光をその身に受けて、魔王様が私を見ていた。
「なんとなく呼ばれ気がして……」
私の言葉に頷く魔王様。
「ふふっ。ならばお前と私の相性はいいのかもしれぬな」
優雅に口元を隠して笑う魔王様。
まぁ、恐らく私も今日の事を話したかったし、魔王様も同様だろうと思っていたから偶然という程偶然じゃないかもだが……。
それでも彼女と約束もなく合流出来たのは嬉しい。
広場には質素なベンチがある。昼間は村人の憩いの場なのだろうか? 魔王様もベンチの方に目線を向けている。
「一先ず座るか……」
「そう、ですね」
そんなに大きくないベンチなので、二人座ると肩が触れ合いそうになる。今気が付いたのだが、もしかしてここって村の恋人達が夜こっそり会う為の物ではなかろうか?
(うぅ、途端に緊張してきたかも……)
しかし私の緊張とは違い、魔王様は物憂げに小さくため息を吐き、長い黒髪を耳に掛けた。
「今日も礼を言う。お前のお陰で何とか凌げた」
「いえいえ! そんな!」
「お前は……大丈夫か?」
心配そうに私を見つめる魔王様の薄紫色の瞳と見つめ合っているとその瞳に吸い込まれそうになるから危険だ。
「あ……はい。問題ありません。ところで……そのぉ……」
今回魔王様に会えたら言おうと思っていた事があるのだが、どうにも本人の前では言いづらい。というか私が推しを前にしてマトモに言葉が出ない。
「ん?」
不思議そうに首を傾げる魔王様。しかし直ぐに口元を三日月の形に変えて笑う。
「ふっ、そういえばお前は私を慕い、私に協力しているのだったな。何か褒美でもやろうか?」
「え!? いやいやそんな!?」
だが私の中の私が囁く。ご褒美をもらってもいいじゃないか?
確かに勇者より魔王様に協力する方が断然やる気が出るのは本当だ。けれどリスクがない訳じゃない。勇者にバレれば何をされるか分からないのだ。
なら……少しぐらいはいいのではないか?
うん、いい!
自分で自己弁護して、自分を言い聞かせる。
「と思ったけど! 是非お願いします!」
魔王様の手を握って身を乗り出す。突然私が身を乗り出して顔を近づけるので驚いた様に目を見開く魔王様。
「う、うむ」
驚いた様子だが手を振り払われたはしない。うぅ……魔王様なのに天使!
「で、だ。どのような物がお前の褒美になる?」
(魔王様!? 大丈夫ですか!? そんな白紙の小切手を切って!?)
色々問題のある妄想が頭の中に浮かぶ。
いやそんな! 私は慌てて頭の中で自分を殴っておく。自重しろ!
考えろ!
考えるんだ!
この間、2秒。
魔王様が不快に思わず、私のご褒美になるモノ……。
「抱きしめてもらえませんか!」
「うん?」
瞳をパチパチと瞬く魔王様。
くっ、ダメか……。確かに踏み込み過ぎた要望かもしれない!
「そんな事でいいのか? もっと人間にとって価値のある物……金目の物がいいのかと思ったが……。そんな事なら幾らでも」
立ち上がる動作も美しい。見惚れる様な動作で私の手を取り、立ち上がらせる。必然的に見つめ合う形になるのだが、魔王様の方が背が高いので少しだけ私が見上げる形だ。
その意思の籠った瞳に見つめられると……本当にあの魔王様に会えたのだと実感する。
フッと優し気に笑ったかと思うと、柔らかく抱きしめられた。
「あ……」
魔王様の攻撃を受けた後、目覚めた時に記憶した匂いが思い出される。
甘ったるいミルクみたいな優しい匂いに安心感を感じた。ちょうど魔王様の大きな胸に顔を埋める事になってしまっているが、これは不可抗力なのだ!
抱きしめられたまま頭を撫でられる。
耳に魔王様の鼓動を感じて、目の前の人が確かにここにいるのだと理解できて泣きそうになった。
「眠るなよ? 流石に宿屋まで送る事は出来ぬからな」
丁寧に体を離される。私は猛烈な喪失感を感じたが、私から抱き着く事はしない。私は弁えているのだ。
「ありがとうございました。とても……嬉しかったです」
「そうか? これぐらいいつでもしてやるが……。人間達の希望である勇者の相棒であるお前がそんなに可愛らしい性格をしているとはな」
ふんわり笑う魔王様はゲーム内では見た事のない笑顔で笑う。
あまり遅くまで出歩くと勇者達が探しにくるかも知れないので、別れる事となった。
こうして……魔王様と夜にひと時だけ語り合う事になったのだった。
「魔王様……魔王様は配下の方と一緒に戦った方がいいのでは?」
淡く月光に照らされた小さな広場で年季の入ったベンチで魔王様と向き合う。
私はずっと思っていた疑問をぶつける。
「……それは出来ぬ。勇者は強い、もしかしたら死ぬ可能性がある戦いに巻き込む事はできない。お前は……いや人間達はあまり魔族の事は知らないのだったな……。魔族は……あまり強い存在ではない。お前達が魔物と同列に扱うが……それ不正解ではない。我らの祖先は魔物らしいからな。しかし……そんな我らだが戦う術を持たない物が殆どなのだ」
真剣な表情は同族への思いで溢れている。
「私は例外的に強い魔法の力があったが……」
「そう、なんですね……。だからお城に誰もいないんですか?」
「あぁ。勇者達の魔力を感知すれば非難させている」
王として仲間の事を考える魔王様の横顔を盗み見る。最初は……その容姿が好きでファンになった。
けれど……今は。彼女が内面まで美しい事を知ってしまった。あぁ、どんどん好きなってきている自分がいる。
そしてその感情が大きくなればなるほど……。自分が聖女である事を思い出す。今はただの高校生でない。私であって私ではない。そんな考えをあえて見ないようにして笑顔で会話をする。
「でも魔王様お一人でも戦い方が洗練されてきたと思います」
私の言葉に笑顔で頷く魔王様。
「ふっ、そうであろう。一人なら高火力の高位魔法より、出の早い低威力の低位魔法を使った方が効果的だと、分かってきた」
「はい。魔王様の魔力はとても高いので低位魔法でも十分効果的ですから」
「だろう、だろう」
かっかっと嬉しそうに腕を組んだまま笑う魔王様に釣られて私も笑顔になる。
実際、最初こそ戦い慣れていない感じだったが、既に戦い自体に慣れて、効果的に魔法を使う様になっている。
「お前のお陰だ……助かっているぞ、アマリス」
抱きしめられ、背中に手を回される。
私も魔王様に身を寄せた。その聞きなれた……けれども自分の名前じゃない名前をあえて聞かない様にして。
「ふっ、あの勇者の顔! 胸がスッとしたわ!」
もう何度目の密会だろうか?
魔王様とこの小さな広場で会うのも慣れ、随分と気安い表情も見せてくれるようになった。
私はその事が……魔王様が私にだけの見せてくれる表情を嬉しいと思いつつも、いつか来る終わりに怯えていた。
「本当に……。最近は私が援護しなくても問題ないんじゃないですか?」
「む? そんな事はない。お前の援護がなくては流石に無理だ」
そう言ってくれる魔王様だが、実際一人でも問題ないぐらいだ。流石魔王である。ゲーム内のステータスに現れない、戦闘経験みたいな物が蓄積していっているのだろうか。
最小限の動きで勇者の動きを躱し、反撃に出ている。
膨大な魔力は身体強化の方に回しているらしく、そもそも攻撃が当たらなくなった。
そこから低位魔法をマシンガンみたいに撃ってくる。
いくら低位とは言え元々の魔力が高いので結構威力だし、食らい続けると大きなダメージなっていた。
そんな事情もあって最近勇者がピリピリしている。
「本当に……お前のお陰だ」
自然に抱きしめられ、頭を撫でながら髪を梳いてくれる。私の思いつきのスキンシップは毎回自然に行われるようになっていた。
頭を撫でられながらフッと魔王様の言葉を思い出す。
『女同士? 魔族は同性でも問題ない』
魔法でどうにでもなるとか……。
凄いな、魔法! マジカルだね!
魔王様の頭なでなでは心地いいがいつまでも浸っている訳には行かない。
近頃考えていた事を切り出さないと……。
「次、魔王様に負ければ……勇者に一度王都まで撤退を進言しようかと思っています」
私の言葉に髪を梳いていた手を止める魔王様。
「いや……」
思わず出てしまったという言葉を手で隠す様に口元を覆う。
「そうだな……それが私としてもありがたい」
今では互いに別れる時間は心得ている。夜の深い内に宿に戻らないといけない。
ベンチから立ち上がる。
私を見上げる魔王様は珍しい。
「…………。私は魔王だ。お前とはその立場を忘れいた時があると思う」
俯いてからポツリと零す様に告げられる魔王様の言葉。
「生まれてからずっと魔王として……振舞ってきた」
木々の静寂と共に魔王様が立ち上がる。
そして静かに微笑んだ。
魔王様がそっと伸ばした指先は私の頬を撫でる。
「勇者が撤退したら……聖女としてではなく……お前個人で我が城に来てくれ」
私は曖昧に頷くしかない。私は……本当の聖女ではないのだから。このまま魔王様と交流するのが正解なのか、分からなくなっていた。
普段とは違い私の方から先に村の方へと足を進める。
背中に魔王様の視線を感じながら……。
そしてその時……誰かが居た事など気付きもしなかった。
「……………」
その翌日……。
私は勇者に剣を突き付けられていた。
「……ずっと変だと思っていた。初めの頃は分からなかったが……まさか聖女アマリス……君が魔王に手を貸すとは……」
首元に突き付けられた勇者の剣にチラリと目をやる。
ごくりと自分の喉が動くのがわかった。
(…………ここで勇者を撤退させるには……。いやもう魔王様と戦えなくするには……)
そんな時だった。誰かの視線を感じて……目線を動かすとそこにはゲーム内で……今や随分自身の目でも見慣れた聖女と目が合う。
(聖女のお陰で私って戦ってこれたのよね……)
聖女はこのゲーム内で唯一の回復魔法の使い手だ。主人公と同じく固定のパーティメンバーなだけあって聖女以上の回復魔法の使い手はゲーム内に存在していない。
(っ! これだ!)
魔王様の言葉を思い出す。魔族は魔王様以外に戦える人材は少ないと……。考えてみれば人間も同じだ。
勇者以上に戦える者はいない。
(今の魔王様なら……)
最弱のラスボスと言われた魔王様だが、今は違う。ゲームのストーリーとは異なった流れになった今なら……。
一度大きく息を吸い……吐く。
「……はい。私は魔王に手を貸していました」
勇者の表情が険しくなる。
「しかし! それは全て魔王を油断させる為」
「なんだと?」
疑う様な勇者の表情に私は後戻りできない道に踏み込む。
「魔王は私が味方だと油断しています。散々私の援護魔法に慣れた状態から支援なしの状態。今なら倒す事も簡単に出来るでしょう」
私は出来るだけ自信満々に言う。微塵も勇者達を裏切っていないという態度を貫く。
「それを信じろと?」
「それは今回の戦いで分る筈です。それでもなお、私を裏切り者だと言うのなら抵抗はしません。甘んじて勇者様の断罪を受け入れます」
祈るように跪く。
暫く私をジッと見ていた勇者は剣を自身の鞘に戻した。
「いいだろう。君は聖女としての役割を果たすといい」
こうして……勇者パーティは……何度目になるだろうか?
魔王城へと歩みを進める事になるのだった。
普段はない、独特の緊張感がパーティ内に満ちる中……。
何度来ても荘厳で手入れの行き届いた城内は相変わらず誰も居ない。
最早見慣れた順路を辿って謁見の間に辿り付く。
そして何度見ても見慣れる事のない神々しいといえる女王が玉座に静かに腰かけていた。
魔王様は勇者に目を向けると疲れた様に額に手を当てた。
「いい加減にしろ。お前達では私に勝てない……何故それが分からない?」
数段高い玉座から立ち上がり、勇者を見下す魔王様。
「悪いが今日は違う。散々聖女の援護魔法を受けて来たのだろう? 今日、それは無しだ」
勇者が私の援護魔法の事を語たった事に驚いたのか、魔王様は私の方へと困惑の表情を見せた。
「……貴女を確実に倒す為です」
私は目を反らさず、自分の思いつく限りの嫌な表情を作る。
「滑稽でしたよ。私の事を信じる貴女は。お覚悟を」
何も言わず……ただ無表情に私を見ていた魔王様は一滴だけ涙を流す。だけどすぐさま普段の優雅さなど欠片もない強引さで目元を拭った。
そして怒りに満ちた瞳を私に向ける。
「わかった。人間とはそうゆう物なのだな……。よく……わかったよ」
もう……そこから私には目も向けてくれない。
「勇者よ……悪いが私も今日は特別だ。今まで殺さず見逃してやったが……。今日は殺す」
思惑通りで思い描いた通りである。
でも……。辛い。
圧倒的なオーラを纏う魔王様。勇者が初めに戦った時の様に剣で切り込む……前に猛烈な回し蹴りを食らって吹っ飛んだ。
「!?」
反応すらできなかった……。茫然と吹っ飛ばされた勇者を見る。
「ぐ……」
恐らく、膨大な魔力全てを身体強化に使っているのだろう。
速さでは勇者に迫る忍者も反応出来ていなかった。
私が驚いている間に魔王様の居た場所に火柱が上がる。妖術師の炎系との魔法。最近はデバフの妨害魔法が聞かないなので、攻撃一辺倒の妖術師。元々デバフと攻撃魔法を得意としているので、威力も申し分ない。
「ふんっ」
そんな妖術師の火柱を鬱陶しそうに手で払い退ける魔王様。近寄ってもないのにその熱さを感じられた火力があっさり霧散する。
(凄い……。状況によって魔力をスイッチしてるんだ)
私は自分の作戦が間違ってなかった事を確信する。そしてそれなら私のする事は一つである。
この世界に来て、随分と魔法を使う感覚にも慣れた。
勇者への回復魔法は終わっているので、私は水の攻撃魔法を魔王様に打ち込む。
今は魔法防御力に重きを置いている筈なので、大したダメージにはならないだろうが……。案の定魔王様の腕の一払いによって魔法の効果は阻害されしまう。
けれど水と言う物自体がなくなる訳じゃない。先ほどの炎の熱で蒸発して一時的に霧になる。
「はぁ!」
「ふっ!」
その霧の中から勇者と忍者の攻撃。
「なんだと!?」
「!?」
攻撃が魔王様に届く! という時だった……。突然二人は地面に這い蹲る。
(重力魔法!)
エンディング後のやり込み要素で解禁される、強力な魔法だ。魔王様は使えない筈なのに……。ゲーム内とは違い、成長出来るのだ。あれほどの魔法の才能を持つ魔王様なら使えても変ではないか。すんなりと納得できた。
妖術師が出の早い雷の魔法で魔王様へ攻撃する。二人を抑えている状況に固執せず、あっさりと魔法を解除して妖術師の魔法を土属性の魔法で相殺する魔王様。
その隙に私は床に這い蹲る二人に回復魔法と身体強化の魔法を施す。
「このままでは埒が飽きません。私の高位聖魔法を当てます。時間を稼いでください」
聖属性の魔法は魔物に有効だとこの世界では言われている。ゲーム的には色々な属性関係が合って魔物にも様々な属性がいるので実際には違うのだが。
魔王様は闇属性を持っている。聖属性と闇属性は互いに弱点関係にあるので聖属性の高位魔法はかなりの痛手になる筈。因みに聖女と勇者は聖属性。
パーティメンバーに聞こえる様に言うと勇者達は頷き、魔王様から無機質な視線が向けられるのが分る。
これは自分の行動の結果……。
泣きそうになるのを堪えて高位魔法の準備に取り掛かる。
「聖女を守るんだ」
勇者や忍者が再度切りかかる。その間から妖術師の魔法が魔王様に飛ぶ。
魔法が完成していく。イメージはアプリなどのダウンロードバーだろうか?
低級なら一気に満杯になり、高位になればなるほど時間が掛かる。
バーが一杯になり魔法が完成する。右手を前に突き出し、魔法のターゲットを魔王様に!
そして城内が光に包まれた……。
「よし! 勝ったぞ!」
フラグだよなぁ……。
まぁ今はそのフラグはありがたいが……。
光が収まる。そこには漆黒の衣装を多少乱しているものの無傷の魔王様が居た。
私は知っている。あの眩い光の奔流の中で。光は私の魔法だけではなかった。魔王様も聖属性の魔法を使い防御していたからこそあの眩い太陽の様な光だったのだと。
乱れた黒髪を後ろに払う魔王様。その仕草はどんな絵画にも負けない美しさだ。
その後はもう、スローモーションだった。
再び身体強化に魔力を振った魔王様が勇者にも反応できない速度で私の目の前に現れる。あの束の間の抱擁の様に……。だけど全然違うモノ。魔王様の左手が私の心臓を貫く。
多分即死なので痛みを感じない。
ただ力が抜けていく感じがするだけだ。
膝に力が入らなくなって魔王様に寄り掛かる。正直、振り捨てられるかと思っていた。だけど……魔王様は私の体を抱き留めてくれた。
「…………?」
少しでも悲しんでくれるだろうか? イヤ虫が良すぎるか……。
ちらりと見た魔王様の表情。私が最後に見た表情は不思議そうな表情の魔王様だった…………。
私の作戦……。それは聖女の脱落だ。ゲームでも蘇生が使えるのは聖女だけ。回復のエキスパートである聖女が脱落すれば勇者達の戦いは立ちいかなくなるだろうと考えたのだ。
今の魔王様は戦い慣れ、一人で勇者パーティを相手にする事も問題なく出来ていた。
そこで回復役の聖女の脱落。勇者の判断に寄るが、そのまま戦えば魔王様に殺されているだろうし、撤退しても聖女程の回復魔法の使い手はそうそう見つからない筈。
まぁ……聖女には悪いが……。そもそも本物の聖女の意識は私の意識が宿っている間はどこにいたのか……。元々ないのか、別の要因で死んで、意識だけが私になったのか……。
今では確かめる術はないが……。
「ん……」
再び目覚めるとそこは見慣れた天井だった。
つまり自室である。
上半身を起こして体を伸ばす。
「ん~!」
リアルな夢……。だとは思わない。他人に言えば変人扱いだが、私は確かにゲーム世界にいた。
そして最推しの魔王様に出会ったのだ。
あの気高い人の声を実際に聞いて、少しの間だったけど共に過ごした。
「最後は……裏切り者のクソ女だったけど……」
中々に好きな人にあんな風に睨まれるのは堪える……。でも魔王様の願う魔族の被害は減るのではないだろうか。
「私の浅知恵か? でも他に考え付かなかったし……。これ以上、聖女として魔王様と会うのもつらかったし……」
色々声に出る言い訳を黙らせる為に両手で顔を覆う。
「よし! もう終わり!」
ベットから飛び降りる。
「学校行くか」
……
…………
学校は驚く程いつも通りだった。
それはそうか。
変わってたらそれはそれでは驚く。
いつも通りの日常。魔王様とあの仄かな月光の中語らったのは遠い昔のようだ。
「ね、眠い……」
眠気と言うのは容赦がない。
お昼休み、抗いがたい眠気に襲われた私は保健室のベットを――勝手に――借りて眠る事にする。
「午後は有給で……すぅ」
心地よい眠りにあっさり落ちた。
まるで落下するように。
落下の浮遊感からプールの中で浮き上がる様なゆったりとした上昇感を感じ、目を覚ます。
そこには嗅ぎなれた甘ったるい匂いがした気がして、目をこする。
「え゛?」
今度は見た事もない豪華なベットに寝ていた。
「え? 私異世界行き過ぎでは?」
今度はなんの世界か?
出来れば死にゲーなどと呼ばれる世界ではない様に、と願いならがらベットから出る。恐ろしくデカい姿見がありそこの人物に目線が行った。
「うん。私だね?」
今度は私自身で異世界?
夢か?
頬を抓る。
痛い。
「帰ってきてから速攻異世界って……。凄いね!?」
着ている物も制服のままのようだ。
そんな風に鏡に映る自分に突っ込んでいると上品で控えめな笑い声が耳に届く。
時間帯は夜のようで部屋の中には最低限の明かりしかないので、薄暗い。
そんな部屋のテラス。そこに誰かいる様で口元を隠してクスクス笑われている。その聞き覚えのある声に私は言葉を失う。
「本来のお前はそんな容姿なのか。随分と……かわいらしいじゃないか」
雲が流れ遮っていた月光をテラスに届ける。
「お前の本当の名前を聞かせてくれ。ちゃんとお前に感謝したいのだ」
申し訳なさそうに……だけど嬉しそうに微笑む魔王様。
驚き、固まる私の前まで歩いてくると優しく抱きしめられるのだった。
~エピローグ~
「お前を殺そうとした時……魂に違和感を感じたのだ」
と魔王様はテーブルを挟んでカップ片手に語った。
そこで聖女に私と言う別の魂が入っていた事を知る。それから私の態度にも違和感を覚えたらしい。
私に裏切られた怒りで自分を見失っていたと言ってくれた事が嬉しかったのは秘密だ。
冷静になってからは様々な事を調べた、との事。
「勇者は逃げ帰り、魔族達の被害も減った。私自身が自由に動けるようになったからな」
私の考えは成功だった事に安堵する。
「でも……聖女が死んでたなんて……」
そう。聖女はゲーム的に言うと物語開始前から死んでいたらしいのだ。死因は王家による暗殺。
「人間の王は魔物の被害を魔族の所為だと言い、魔族討伐を掲げたらしいが、実際は領土拡大が目的だった」
王家の言い分に違和感を持ち、調べている内に王家の狙いに気が付いた聖女。
そして王様に直談判したところ殺されてしまったらしい。
「か、かわいそうすぎる……」
「そこでお前よ」
しかし勇者と対で尊い聖女が居ないのは問題だ、となる。そこで異世界から波長の近い魂を召喚して聖女の肉体に入れた……というのが私の状況のようだ。
「そういえば勇者は?」
「奴は……今は王家打倒を成し遂げ新王となっている。王になった途端、手の平を返しよったわ……」
頭痛を堪える様に額に手を当てて、苦々しい表情を作る魔王様。
「今は魔族と争うより、王として身内を御するのに必死のようだな……」
うぅん……あいつは勇者として王としてみんなを正しく導く! とか言ってそうだな。
「しかし……よく私を召喚できましたね……」
そう私自身は今度は異世界に召喚されてしまっているのだ。
「……あの時触れた魂……。その波長を絶対忘れない様にしていたからな……」
少し照れた様にカップに口を付ける魔王様。
魂には固有の波長がある。それは指紋の様に同じ物がないらしい。
いや指紋以上に唯一無二なモノ。その波長を頼りに私は元の世界から召喚された。
「嬉しかったです。魔王様が私に会いたいと思ってくれていて……」
自然と涙が込み上げてきた。
魔王様はゆっくりとカップを置く。
「あんな……あんな別れ方は嫌だった。居なくなって……気が付いた。お前に傍に居て欲しいのだと」
立ち上がる魔王様。
私の前までくると片膝を付き、手を取る。
「どうかこれから……私の傍に居てくれ……セイカ」
私自身の名前。今更なのか普段はお前とか言って恥ずかしがって言ってくれない。
「はい。私はずっと貴女の傍に。オリカリウム様」
私は躊躇う事なくその手を握り返すのだった。