【投稿サンプル】『シロソラ』第3章/運営投稿
montageorangeSTAFF
秋の深まり――。
昔の人は10月を“灯火親しむの候”なんて言っていたけれど、そんな過ごしやすい季節は早足で過ぎ去って、あっという間に冷え込んできた。
けれどこの街の紅葉ヶ丘商店街は、この時期になるとやにわに活気づく。別に名称と同じ紅葉の季節がやってくるから、というわけではない。
二日後の収穫祭、つまり末日のハロウィン・イベントに備えてのことだ。
金曜日。快晴。
学校からの帰り道、シロは不気味なお化けの飾り付けがされた商店街を楽しそうに歩きながら、僕に尋ねてきた。
シロ「参加できるのは小学生以下だけなの?」
ソラ「そーだよ。シロはお菓子が欲しいの?」
シロ「別にそういうわけじゃないですけどー」
その割にはちょっと残念そうだ。
シロ「ほら、わたしって半分猫でしょ。だから耳とか尻尾とか隠す必要なくて、そのまま出歩けるかなーって思っただけ。仮装はむしろ、いまの方がしてる感じかな。えっと、人間の仮装。ふつうの」
シロが真っ白な髪の毛を押さえていたカチューシャを少しだけ持ち上げると、猫の耳がぴょこんと飛び出した。けれどすぐにカチューシャを戻して押さえ込む。
シロ「ね? 一日中押さえてると、結構痛くなったりするんだよ。尻尾だってスカートの中ではなるべく丸めてるし。体育前の着替えなんて、わたしだけ壁を背にしたりトイレにいって着替えたりして、結構大変なんだ。短パンのときは足の間を通して太ももに巻き付けてたりするんだよ」
刺激的な話だけれど、僕はあえて想像しないようにした。それだけ信頼してくれているんだって思ったから。ちょっとだけ想像して、顔が熱くなったけど。
ソラ「そっか。でも耳や尻尾くらいなら平気だと思うよ。商店からのお菓子がもらえないだけで、大人でも仮装して歩く人は結構いるから」
シロ「へえ、大人の人も仮装するんだ。東京みたいだね。DJポリスの」
シロはスクラッチするようにシャカシャカ手を動かしてる。でもDJポリスはマイクだけだ。
ソラ「あはは。そんな大げさなもんじゃないよ。大人の仮装は大体が実行委員か、参加する子供たちの親御さんだからね」
僕も何年か前までは仮装をして、母さんと一緒に商店を回っていたのを思い出す。よくよく考えればこれは、シロがまだこの街にいた頃にはなかった文化だ。
シロ「ふーん」
シロは歩きながら楽しそうに、飾り付けがされた商店を眺めている。
ソラ「見てみたい? 31日の夕方からだけど、いく?」
シロ「いいの!? 付き合ってくれる!?」
嬉しそうだ。
ソラ「いいよ。受験勉強の息抜きだ」
シロ「最近息抜きばっかりしてるくせに」
ソラ「いいんだ。シロが勉強を見てくれるおかげで、前よりは小テストの成績上がったし」
シロ「まだまだ。わたしと同じ高校にいくつもりならがんばってよね」
そんなことを言った覚えはないけれど。でも、言われて嫌な気分でもない。シロがそう考えてくれていたことは嬉しい。
ただ、なあ。僕の成績じゃあ、ちょっと難しそうだ。
でも。
僕は横目で彼女を盗み見る。
一緒の学校にいけたら、きっと楽しいだろうな。
ソラ「がんばるよ。明日の勉強会はよろしくね」
シロ「おー。ビシビシいきます。んで、明後日の収穫祭はよろしくねっ」
ソラ「うん。じゃあね」
シロ「また明日ね」
商店街を抜けて分かれ道に立ち、僕はシロの背中を見送る。彼女は笑顔で振り返りながら手を振って帰っていった――と、思ったら苦笑いで戻ってきた。
シロ「商店街で晩ご飯の買い出ししなきゃいけないの忘れてたぁ」
ソラ「あはは」
最近、シロがとっても楽しそうに見えて僕も嬉しい。辛抱強く話しかけてくれていた真崎や、学年を跨いで日々つきまとってくれる奈々那ちゃんに感謝だな。
翌日の勉強会を終えて、翌々日。10月の31日。
今年は日曜日だからか、お化け屋敷のように飾り付けられた商店街には例年よりも遙かに親子連れの姿が多い。
ふと、道の向こうから見慣れた顔がやってきた。僕に向けて手を振っている。
シロ「ソラー!」
ソラ「ここだよ」
制服じゃなくて私服。猫だから寒がりなのか、もうセーターを着込んでいる。
シロは宣言通り、半猫の姿でやってきた。今日は真っ白な髪の上に立つ猫耳も、フレアスカートの後ろから垂れ下がる尾も隠していない。
ソラ「寒い?」
シロ「だいじょーぶ」
そんな彼女でさえ目立たなくなるくらい、子供たちの仮装は派手だ。
お姫様や王子様がいたり、お伽噺の三角帽子を被った魔女がいたり、有名ゲームのキャラや、アニメ映画の怪物だったり。恐竜はちょっと笑えるな。
シロ「うわー、うわー、あれ見てソラ! 超カワイイ魔女ちゃん!」
ソラ「そうだね」
シロ「あっちは、となりのトロルだっ。どんぐりいっぱいの袋持ってるから中か小だねっ。おはは、お腹おっき~い」
そんな姿の可愛らしい子供たちが、各商店に立ち寄っては「トリックオアトリート」とつぶやき、その姿にデレデレの大人たちが警察の目を気にすることなくお菓子を渡せる。まさにWIN-WINのイベントだ。
子供たちの仮装も様々。
先ほど挙げた正統派なものから、奇妙なところでは有名コーヒー店のカップの仮装をしていたり、肉感がリアルな獅子面の怪物がものすごいスピードで四足で走っていたり、その背後から真っ白な白衣のおっさんが必死で追いかけてた――り!?
ソラ「文太郎さん!? てことは……」
僕がそのバケモノとおっさんに目を奪われた瞬間には、シロはもう走り出していた。子供に飛びかかろうとしていた白堂さん家のマンティコアを跳び蹴りで張り倒し、追いかけてた白衣のおっさんの胸ぐらをムンズとつかむ。
シロ「ちょっとおとーさんっ!? 何やってんのっ!?」
文太郎「いやあ、はは……。実験モンスターが一匹逃げちゃって……」
シロ「もう! 笑ってる場合じゃないでしょ!」
てことは、あの商店街のど真ん中で気絶しているマンティコアは本物だ。仮装と勘違いをしているようで、ものすごい数のギャラリーが集まりつつある。
???「猫のおねーちゃん、すごぉ~いっ。やっつけちゃったぁ」
???「な、なんだ、これ? 仮装? 本物……?」
???「いや、こんな生物見たことねえよ。本物のわけねえだろ」
???「おかーさん、これ、こわい……」
???「すごくデキのいい仮装ですね。どうやって作ったんですか? 私、コスプレの衣装作成に興味がありまして」
文太郎「ほう、これに興味がおありですかな? これはですな、この白堂文太郎が発明した生ゴミ錬金システ――へぶンっ!?」
シロが引っ掻いて文太郎氏の口を止めた。
シロ「言っちゃだめでしょ!」
文太郎「あ、そっか。ごめんね、シロちゃん。お父さん学会から追放されて研究発表の機会を失ったから、聞かれるとついつい嬉しくて――」
シロ「いいから早く連れて帰って!」
文太郎氏が注射器を取り出して、マンティコアに何らかの液体を注射した。たぶん麻酔薬だと思われる。
???「この毛皮、本物みたぁ~い。ふかふかだよ」
シロ「さ、触っちゃだめ! 噛まれたら大変だから!」
???「え? 噛むって、これ、ただの仮装だよね?」
やばいやばいやばい。
文太郎氏もシロも顔色が真っ青だ。そりゃそうだ。こんな新種というか珍種の生物を飼っていたとなれば、大騒ぎになってしまう。
そうなればシロの正体が世間にバレてしまう可能性も高い。引いては、白堂家がこの街からまた引っ越さなければならなくなってしまう。
文太郎「こ、これは、みなさん、もももちろん作り物でして、け、決して、生ゴミから錬成したものでは――」
僕は文太郎氏の発言に重ねて拍手をする。
その場の全員の視線が僕に向けられた。
ソラ「すごいすごい! すっごいクオリティの出し物ですねっ! びっくりしましたっ! さすがはハロウィン・イベントだなあ! 寸劇まであったなんて!」
???「出し物……」
???「まあ、そりゃそうか。だよな」
???「こんな生き物、見たことないもんな。アマゾンの奥地かよって」
???「ねえねえ、ママ。これニセモノなの?」
???「そうみたいよ。そうよね、きっとそう……」
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
文太郎氏とシロが顔を見合わせてから、大慌てでマンティコアをふたりで抱え上げた。
文太郎「それでは我々はこれにて!」
シロ「まったね~!」
そのままギャラリーを置き去りに、すたこらさっさと逃げていく。僕は慌ててそれを追いかけた。
文太郎氏とシロが、商店街脇に停めてあった軽ミニバンにマンティコアを押し込んで、ハッチを閉じる。
シロ「お、おおお父さん! 気をつけてよね! たまたまハロウィンじゃなかったら、大騒ぎになって一発アウトだったよ!? わたし、引っ越したくないからね!」
文太郎「ご、ごめんよ、シロちゃん」
シロ「引っ越すならひとりでどーぞ。わたしはこの街に残るから」
シロが少し恥ずかしそうにしながら、チラッと僕を見てそうつぶやいた。
文太郎「そんなぁ~……」
文太郎氏が殺意のこもる血走った目で、ギロッと僕を睨んでつぶやく。
文太郎「まさかそれは、ソラくんがいるからじゃあないよねぇ、シロちゃん? お父さんよりソラくんを取ろうとしてるわけじゃあないよねえええっ!? あまつさえこんな、ただのヒトゲノム生産者に惚れてしまったとかじゃあない――」
シロ「ひ!? ほ、本人の前でやめてよねッ!?」
もし本当にそうだったら嬉しいけど、たしかにこれ、本人の前でする会話じゃないね、うん……。シロの本心がわからない分、すんごい気まずいわ~……。
ソラ「あ、あの、文太郎さん。マンティコアが目を覚ます前に戻られた方が……」
文太郎「貴様ごとき馬の骨ゲノムに言われるまでもなくわかっとるわッ!!」
もはやヒトゲノムでさえないのか、僕は。
シロ「おとーさん! 反省してるのっ!?」
文太郎「ご、ごめんなさい」
この態度の違いよ。
文太郎氏はすぐに僕を睨んで。
文太郎「ソラくん? 娘を傷物にしたら、貴様を蝿・人・間に――」
シロの爪がシャキンと伸びる。
シロ「フギャー! さっさと帰れ!」
シロが文太郎氏の顔面を引っ掻いて運転席のドアを開け、彼のお尻を乱暴に蹴り込んだ。
運転席の窓越しに僕をうらめしそうに見ていた文太郎氏だったが、ハンカチーフを噛みしめるような表情でエンジンをかけて帰っていった。
シロが両手を腰に当てて、もう、とつぶやく。
シロ「ごめんね、ソラ」
ソラ「大丈夫だよ」
シロ「あ、あの。それと、なんだけど。さっきお父さんが言ったこと――」
シロがもじもじしながら口ごもる。
ソラ「そ、そっちも大丈夫だよ!? ちゃんとわかってるから!」
誤解はしない。期待もしない。
そもそもシロのような美少女が僕みたいな朴念仁と一緒にいてくれるのは、ただ単に幼馴染みだからだ。人見知りすぎて、僕しか会話できる人がいないから仕方なくに違いない。きっとそうだ。
シロ「も、もう、わかられちゃってたんだ。わたし。……えへ、えっへっへ。そゆこと、ね?」
シロは安堵したのか、頬を染めて恥ずかしそうに笑っている。
だから僕は涙を堪えながら笑顔を返すのさ。
ソラ「ふ、ふふ、ふふふふ、ふぃ~……」
気を取り直して商店街に戻ろうとした僕らは、軽ミニバンを停めていた路地の端に、もう一匹、小さなお化けがいたことに気がついた。
シロが慌てて叫ぶ。
シロ「ああああ! おとーさん、忘れものっ!! モンスター一匹置き忘れてるーっ!!」
ソラ「いや、あれは本物の仮装だよ、シロ」
シロ「本物? 仮装? どっち?」
ソラ「仮装。引っ掻いちゃだめな方ね」
白い目出しのポンチョを頭から被った、シンプルな仮装だ。背の高さは120㎝くらいだろうか。たぶん4歳前後の子供だ。
目出し部分から、僕らをじ~っと眺めていた。
もじもじしながら、シロが近づく。そうして緊張気味に口を開いた。
シロ「ト、ト、トリックオアトリート。お菓子あげるから悪戯していい?」
ソラ「全然違う! それただの犯罪行為だから通報されちゃう!」
シロ「だってどうすればいいのかわかんないもん!」
知らないんだ。このご時世に。
まあ、シロのところはかなり特殊な家庭環境だからなあ。これまで友達もいなさそうだったし、仕方ないのかな。
ソラ「トリックオアトリートは子供側が言うんだよ。お菓子くれないと悪戯するよってね。で、悪戯されたくない僕らが、子供にお菓子をあげてゆるしてもらう。そういう儀式だよ」
シロ「そうなんだ。でもわたし、子供だったら悪戯されても別に平気だよ?」
ソラ「いやあ、そういう問題じゃないなぁ~。ルールだから」
家庭環境だろうか。本人も結構特殊かもしれない。
シロ「そっか。よし、じゃあ聞くよー。ほら、言ってみて。さんっ、はいっ!」
お化け「……」
シロ「言わないの? お菓子あるよー? 持ってきたんだ。ソラが、だけれど。さんっ、はいっ!」
お化け「……」
シロ「お菓子いらない? 言ってみて? せ~の、さんっ、はいっ!」
お化け「……」
ソラ「ねえ。その子、泣いてない?」
シロ「ニャ!?」
よく見れば、肩がひくひくと上下している。嗚咽してるんだ。
シロ「わたしのせい!? キ、キミ、ごめんってば。嫌なら無理に言わなくたっていいから、ね? お願いだから泣き止んで~? ほら、お菓子あげちゃうから~……だめ?」
どう見てもシロが話しかける前から泣いてる様子だったけど。
ソラ「どうしたの? 迷子?」
僕が尋ねると、お化けがこくりとうなずいた。
お化け「お、お、おかーさん、が、い、いな、いなくなった」
かろうじてそれだけを言うと、今度は堰を切ったように大声で泣き出した。
お化け「わあぁぁぁ~~~~ん!」
ソラ「我慢してたんだね。ここで待ってなさいって言われたの?」
お化けが首を左右に振る。なんかかわいい。
でもまぁそりゃそうだ。こんな目印も何もないところで待ってろなんて言う親はいないだろう。
お化け「ちが、ち、ちがう、ところ。ばしょ、わかんない、どこ?」
ソラ「どこかは僕らにもわからないな。どうしよう。交番いく? おまわりさんがお母さんのこと捜してくれるよ」
また首を左右に振った。
お化け「おか、おかーさん、とこ、がいい」
ソラ「う~ん……。どうしよう、シロ?」
ふと見ると、シロが寂しそうな顔をしていた。
シロ「ねえ。だったらさあ、キミのお母さんのこと、おねーちゃんたちと一緒に捜してみよっか」
ソラ「シロ?」
シロ「だってなんか、ね。うん……」
シロが言い淀む。
たぶん、思い出しているのだろう。幼少期に僕らが出逢うより以前のこと。白堂家は文太郎さんの研究が原因で、一家離散したのだから。
シロが小学校に入学するより以前、つまりちょうどこの子と同じくらいの年齢の頃に起こった出来事だ。
でも、本当に研究が原因だったのかな。それとも、事故が原因でシロが――……。
シロ「いいかな、ソラ?」
ソラ「うん、いいよ。捜そう」
ニッとシロが笑った。
シロ「じゃあお化けくん。仮装を取ってくれる?」
ソラ「そのままの方が目立って見つけやすいんじゃない?」
シロ「ご両親の他にこの子の顔を知ってる人がいるかもって思って。ほら、紅葉ヶ丘はそんなに広い街じゃないからね」
ソラ「そっか。そうだね。仮装のままじゃ顔がわからないね」
お化けが頭から被ったポンチョを脱ぐ。
男の子だ。だいぶ泣いたようで、頬に涙の線ができてしまっている。どれくらい待っていたのだろう。さぞや心細かっただろうに。
ソラ「お名前は?」
???「リン……」
ソラ「名字はわかる?」
リン「アキヤマリン」
シロが首を左右に振った。
少なくともシロが知っている名字じゃないようだ。もちろん僕にも覚えはない。
ソラ「じゃあリンくん。商店街を少し歩こうか。たぶんお母さん、商店街のどこかにはいると思うから」
シロ「外まで捜しにいっていない限りはね」
ソラ「う……。そりゃそうか」
まあでも可能性が高いのはやはりこの商店街だ。仮装をしてるということは、イベント参加者で間違いないから。あとは警察を頼るため、少し離れた駅前交番に向かっているということも考えられる。
僕らは商店街を練り歩く。
時折、参加店舗に立ち寄っては、リンにトリックオアトリートを言わせて、お菓子をもらっている間に僕かシロのどちらかが店主やお客さんにリンのことを尋ねるんだ。
ソラ「この子のことを知っている人はいませんか? 迷子なんです。名前はアキヤマリンくんです」
???「すまんが、見たことないねえ」
???「うちの近所にもいないな」
ソラ「そうですか。ありがとうございます。他を当たってみます。あ、そうだ。もし子供を捜している人が現れたら伝えてください。商店街を一周したら、僕らは中央のベンチのあたりでしばらく待ってますって」
???「わかった。伝えるよ」
けれども、二十軒ほど立ち寄った中に、リンのことを知っている人はいなかった。街の子ではなく、遠くからやってきたのかもしれない。
そもそもこれだけの数の子供たちがいて、誰もリンのことを知らないのだから、この街の住人ではないのだろう。
いずれにせよ、すでにすべての参加店舗を巡ってしまったことになる。
リンの手の中には、参加店舗からもらったお菓子ばかりが増えていた。ポケットからはすでに溢れてしまっているんだ。
リン「もうもてないよ~」
最初は悲しげだったリンだけれど、何軒もまわっているうちに少しずつ気が晴れてきたようで、笑顔が増えてきた。
シロ「せっかくだから食べちゃえ!」
リン「食べてもいいの? おやつの時間?」
シロ「いいよー! おやつの時間じゃないけど、今日は収穫祭だから収穫しちゃっていいんだよ!」
ソラ「わけのわからない理論……」
リンが両手に持ったお菓子の中から、僕とシロにマシュマロを差し出した。
リン「おにーちゃんたちにもあげるっ」
ソラ「僕らに? ありがとう。じゃあお返しに、巨大な棒付きキャンディをあげよう。食べるのに時間かかるやつだから、うちに帰ってから食べてね。はい、シロにも」
シロ「わ~い」
リン「おっきい! ありがとう!」
シロは右手にマシュマロを、左手にキャンディを持って嬉しそうだ。
ソラ「どっちが子供だかわかりゃしない」
シロ「別にいーじゃんっ」
僕とシロはリンからもらったマシュマロの個包装を破って、口に放り込む。久しぶりに食べた駄菓子は僕にはちょっと甘ったるかったけれど、シロは頬を染めて満足げな表情だ。甘い物が好きなのかな。好きそうだな。
でも、もう日が暮れる。
ソラ「ベンチ、いこっか」
シロ「そだね……」
予定通り、商店街中央にある街灯下のベンチに腰掛け、僕らはお菓子を食べる。
続いてリンはスナック菓子を取り出す。ポップコーンだ。けれど袋をうまく破ることができないようで、何度も指を滑らせている。
リン「……あかない」
シロ「貸してみ。こう見えてわたし、すっごい力持ちなんだから。なんてったって、普段からお化けをひっぱたいてるからね」
リン「そうなんだ! すっごい!」
これがゲームや妄想の話じゃなくて、白堂家の日常なのが恐ろしい。
シロ「へへー。――そりゃあ!」
シロがポップコーンの袋を力任せに引っ張ると、破れた袋からポップコーンが大量に舞い上がり、降り注いだ。
僕は思った。加減知らずのゴリラかな。
リン「あー!」
シロ「ああぁぁぁ……」
ソラ「あ~あ」
シロ「ごめぇ~~~んっ」
めざとくそれを見つけた鳩が、1羽、また1羽とやってくる。
シロ「ああっ、鳩に食べられちゃう……!」
足下のポップコーンだけならまだしも、袋に残っているものにまで目を付けられて、シロは慌てて手で鳩を追いやっている。
シロ「シッシ! フシャーーー! 落ちたのだけにしてよね!」
ソラ「言ったってわかんないって。鳥だもん。それより食べよう、急いで」
リン「たべるーっ」
僕らはシロの手に残ったポップコーンを、鳩に食べられる前にと3人がかりで大急ぎで口に詰め込んだ。
スタンダードな塩バター味だ。サクサクふわふわで、僕にとっては甘ったるいマシュマロに比べれば食べやすいお菓子だ。というか結構おいしい。
けれど1羽がシロの腕に跳び乗ると、次々と後続がシロに飛びかかる。
シロ「ニャッ!?」
腕はもちろん、足にも肩にも頭にもだ。
そこから一斉に10羽ほどの鳩が大暴れをしながらポップコーンに群がる様は、もはやヒッチコックもびっくりの恐怖の光景だった。
シロ「フギャーーーーーーーーーーッ!?」
手の中のポップコーンはあっという間に食い散らかされてしまった。
鳩たちが去っても、シロはただただ呆然としていた。髪の毛はぼさぼさ、セーターなんてもう羽毛だらけだ。もちろん、ポップコーンなんて一欠片も残っていない。シロの手の中はもちろんのこと、足下に落としたものまですっかりと。
シロの首がギギギとこちらに向けられた。涙目になってる。
シロ「う、ぅぅ、こ、怖かった。鳥、怖い」
なんだかそれがおかしくて、僕とリンは笑った。シロはそんな僕らに怒ったけどね。
お腹が落ち着いて人心地つくと、周りが見えてくる。
商店街をいく子供たちの大半は、親子連れだ。中には子供ばかりの集団もあるけれど、彼らはきっと小学生以上だろう。リンと同い年じゃないことだけはたしかだ。
未就学児はみんな、両親と一緒なんだ。それがこのイベントのルールでもあるからね。
そんな彼らを眺めていたリンが、思い出したように泣き出した。
シロ「……大丈夫だよ~。見つかるまでわたしたちが一緒にいてあげるからね」
シロがリンの頭を抱えて撫でる。
けれど商店街はもう一周した。これ以上となれば警察の出番かもしれない。そうなると僕らは、リンと一緒にはいてあげられないだろう。
別れ際のリンのことを想像すると、少し気が重くなる。どうにかしてその前に見つけてあげたいけれど。
そんなことを考えた直後のことだった。
???「倫太郎!」
リン「――っ!」
リンがシロの胸の中から顔を上げた。女性が慌てて走ってくる。リンはそれを見るや否や、手の中の残ったお菓子を投げ出して女性に駆け寄り、全身で飛びついた。
リン「おかーさん!! おがあざんっ!!」
母親「どこいってたのっ。ちゃんとこのベンチで待ってなさいって言ったのにっ」
抱き合って喜んでいる。
僕は安堵の息をついて、ベンチの背もたれに背中を預けた。
ソラ「ベンチ……。そっか。この場所ではぐれたんだ。まあ、何にせよよかったね、シロ。……シロ?」
けれど、シロは――。
シロは呆けた顔で、親子の再会を微動だにせずじっと眺めていた。そこにあるのは僕のような安堵でも、親子が見せる喜びでもなく。
シロはただ、呆然としていた。
僕はリンが投げ出したお菓子を拾い集めてお化けポンチョにくるみ、母親に手渡す。お店をたくさん回ったから、その分お菓子もいっぱいだ。
ソラ「これ、リンくんの分です」
母親「あなたが倫太郎をここへ連れてきてくれたの? お店の人から教えてもらったのよ。子供を捜しているなら、ここのベンチに戻るようにって。中学生くらいのカップルがそう言ってたからって」
ソラ「ええ。僕とあそこの女の子が」
カップルじゃないけど。
ソラ「ここを指定したのは偶然だけれど、この商店街の端の方でリンくんが泣いてたから、僕とシロでお店を巡りながらお母さんのことを捜していたんです。お店に残してきた伝言がちゃんと届いたみたいで安心しました」
母親が僕の両手を取った。
その手は微かに震えていた。声もだ。よほど心配していたのだろう。
母親「そう、ありがとう。ほんとにありがとう。あとでちゃんとしたお礼をしたいから、あなたたちの電話番号を教えてもらえないかしら」
ソラ「お気になさらず。ね、シロ?」
まだ呆けていたシロが、弾かれたように目を見開いて、いつもの表情に戻った。
シロ「あ、うん。気にしないで」
戻った? いや、まだどこかぎこちない気がする。
母親は僕とシロに何度も何度も頭を下げた。リンはその足に両腕を回して、ずっと泣きながらしがみついていた。
立ち去る間際、リンが僕らに視線を向ける。
リン「おにーちゃん、おねーちゃん、ありがとう。ばいばい、ばいばい!」
ソラ「もう迷子にならないようにね。お母さんの言ったこと、ちゃんと守るんだよ」
リン「うん!」
振り返って手を振りながら、リンが去っていく。
それでもシロは、機械的に手を振りながら、ずっとぎこちない表情のままで二人の後ろ姿を眺めていた。
その唇が微かに動く。そして、吐息のような声で。
シロ「……おかー……さん……」
ソラ「シロ?」
シロ「あ、ううん。なんでもないよ。へへー」
シロがいつもの表情に戻った。
シロ「さて、と。すっかり暗くなってきたし、わたしたちもそろそろ帰ろっか。おとーさんにご飯作ってあげなくちゃ。あ~、今日はいいことしたなー! うん!」
ソラ「腹ぺこの鳥さんたちにご飯をいっぱい振る舞ってあげたしね」
シロ「それじゃないよっ!? それはむしろ本日の忘れたい出来事ナンバー1だよ!」
その日、僕は白堂家の近くまでシロを送っていったのだけれど、いつものように会話をしていても、シロは時々、上の空になっていたように見えた。
やっぱり逢いたいんだろうなって、僕はあらためて思った。
いつか僕は、シロの力になれる日がくるだろうか。